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天安門事件25年と「赤旗」

 (超左翼)本日は1989年の天安門事件から25年。当然のことながら、各紙が社説などで取り上げている。現在、中国では、言論弾圧がつづいているだけに、この事件は過去のものではない。この事件の深刻な総括なしには、中国で自由や人権がまともに実現することはないのである。

 一方、日本共産党の「しんぶん赤旗」は、本日、この問題には一言もふれていない。天安門事件のときは、他の誰よりも中国をきびしく批判していたのが、日本の共産党だった。世界が中国への経済制裁路線を強めるなか、日本政府は融和路線に走っていたのだが、それを強く批判もしていた。

 1989年は、日本共産党と中国共産党の関係は断絶していた。だから批判できたのであって、関係が回復すればもう中国批判はできないだろうという観測があった。だけど、事件から10年後の6月4日付「赤旗」は、大型の論評を発表し、そのなかでそういう観測があることを指摘しつつ、日本共産党はたとえ中国共産党のことであれ、自由と人権をふみにじる行為は断固として許さないという立場を表明したのであった。

 ところが、事件から20年目、いまから5年前の「赤旗」は、この問題について何も論評しなかった。そして今回もそうである。

 天安門事件が過去のものであるというなら、それでも構わないのだ。あるいは、日本社会で問題になっていないのなら、わざわざ過去のことを取り上げる必要はない。

 だけど、中国共産党は一貫して天安門事件を正当化している。そして、それを正当化する考え方が、現在の中国における言論弾圧につながっている。その言論弾圧が、日本共産党のめざす社会主義について、中国と同様のものだというイメージをつくりだす要素となっている。だから、当然、何らかの論評を出すべきだと思うのだが、どういう判断でこうなっているのだろうか。

 本日の「赤旗」には論評はないが、ひとつだけ記事があった。北京にある外国人記者クラブが、中国当局が天安門事件に関する「敏感な取材」を行わないよう警告され、従わなければ「最も深刻な結果を招く」と告げられている事実などをふまえ、外国人記者による取材に抗議する声明を出したというものだ。

 だから、「赤旗」も、そういう事態が進行していることは、よく知っているのだろう。なのになぜ、「赤旗」や共産党自身の論評はないのだろうか。「赤旗」は天安門事件についての「敏感な取材」はやらないという方針があって、「深刻な結果」には自分はならないから問題にしないのだろうか。それとも別の理由があるのだろうか。

 多くの方が「赤旗」が中国をどう報道するのか、強い関心を持っている。是非、天安門事件と中国の現在について、何らかの報道を望みたいものである。



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コメント

なぜ、中共を批判しなくなったのか?

その変化の過程を考察することにより、彼らの目的が「日本の悪口を言うこと」である事が浮き彫りとなります。

表面だけ取り繕っても下種な本性は隠せない。
ただ、それだけですね。
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