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『超・嫌韓流』に向けて

 年内に『超・嫌韓流』というタイトルの本を書こうと思っていて、いろいろ勉強している。そのなかの重要な柱が、日本以外の国による植民地支配は、いったいどう総括されているのかということだ。日本の市民運動のなかでは、植民地支配を反省しない日本という構図が不動のものとして出来上がっているが、国際的にみてそれは通用するのだろうか。

 もちろん、通用しない。日本は、市民運動の求める水準には到達していないが、国際的な水準からすると、かなり前を行っている。

 たとえば南アフリカ。イギリスによる長い植民地支配があり、それを直接の要因として、独立後のアパルトヘイト政策があった。アパルトヘイトがもたらしたものを精算しようとして、「真実和解委員会」がつくられ、過去を謝罪し、和解することになった。これは、過去の「人道に対する罪」を精算するという動きを国際的につくりだすことになったけれども、この委員会はイギリスの植民地支配時代のことは対象としなかった。

 イギリスの植民地支配は100年前のことだから、そんな昔のことは謝罪の対象にならないという考え方もあるだろう。だけど、たとえば奴隷制度についていえば、奴隷貿易を中止して200年たった2007年、ブレア首相は奴隷貿易を謝罪したという。その年、アメリカのブッシュ大統領も、奴隷貿易を「歴史上最大の犯罪」と述べたそうだ。古いことであっても奴隷貿易なら謝罪を表明するが、植民地支配はそうなっていない。

 フランスのアルジェリアに対する植民地支配は、1962年までだ。日本よりずっと長く続いた。虐殺その他、人道に対する犯罪も多発している。けれども、植民地支配を謝罪するとか補償するということはしていない。

 これはある意味で当然のことである。日本は敗戦によって朝鮮半島を放棄し、植民地であった朝鮮半島とどう向き合うかが問われた。しかし、戦争に勝ったイギリスやフランスは、引き続き当然のこととして植民地を持っていて、それは合法的なものだと考えていたわけである。60年を前後して植民地が大挙独立し、21世紀になったいま、ようやくそれらの国が過去に対する謝罪と賠償を求め始めたというのが、この問題の国際的な到達点である。まだ実際に謝罪したり、補償する対象にはなっていないのだ。

 そういう状況だから、日本が敗戦した時点で、日本の植民地支配を犯罪とするような考え方は国際的に存在しなかった。それなのに、日本は、村山談話などで謝罪を表明しているし、賠償や補償ではないにしても、日韓条約により多額の資金を提供することになる。これはやはりすごいことだと感じる。

 別に、だから市民運動に対して、これ以上のことをするなと言っているわけではない。そうではなくて、その到達を積極的に評価することが、さらに前に進むうえで大事だということを言いたいのだ。国民多数は、日本が謝罪し、お金も払ったと知っている。それなのに、左翼の側から「まだ謝罪もしていない、真の謝罪ではない」なんていう批判を聞かされると、左翼への不信が増大するのではないだろうか。それなら自分は右へ行くということになったのが、この間の世論動向だと考える。


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コメント

改めて

改めて、こちらの記事へのカキコミ。

>市民運動の求める水準

どんな水準を求めているのか、明確になっていないのも、原因だと思います。

"なんで"その水準をもとめるのか、
"なんで"その水準を算出したのか、
「まだ謝罪もしていない、真の謝罪ではない」とひていするならば、真の謝罪とそうでないモノの、明確な違いを示すべきであり、"なんで"真の謝罪でないのかも示すべきだとおもいます。

…というか、今の曖昧な方法では、謝罪を要求している市民運動側の人達も、永遠に満足できないと思います。
自分たちで、どうすれば満足できるか考えるプロセスを、奪っているからです。
異民族を民族浄化でもしますか?
男は殺して女は犯して、子供は犯して殺しますか? それとも殺してから犯しますか?
そいつらが住んでいた家は、バッテン書いといて、後で燃えるゴミの日にでも燃やしますか?
……そこまで要求したって満足しませんよ。

もちろん、両方が満足する結末なんてなかなかありはしませんし、片方だけが満足する結末なんてもっとありません。
ですが、手打ちとか一定の解決を求めるなら、自分たちが要求するモノはなんなのか、どうしてそれなのか、を提示しなければはじまらないと思います

謝罪もなにも、そもそも問題点の整理すらしていないじゃないですか。
そりゃそうだよね。
問題点を整理するためには、意見の異なる相手とも議論しなければならないけれど、その結果「問題無し」なんて結論になってしまったら、反日を楽しめなくなりますからね。

>ライ麦狼さん
予言です。あなたの提案は、省みられる事はないでしょう。
それをするのは、目的にたして不都合が多いですから。

>問題点を整理するためには、意見の異なる相手とも議論しなければならないけれど、その結果「問題無し」なんて結論になってしまったら、反日を楽しめなくなりますからね。

そこらへんはそっくりそのまま、反日をする人たちが、理路整然と妥当な手法で妥当な主張をしていたら、嫌韓の人(ダイスさん個人を指している訳ではないですよ)も、今と違うテンションで発言・主張されていましたかねぇ。

反日にしても嫌韓にしても、共に民族主義者の主張めいて、右左のカテゴライズ自体が陳腐なモノと認識した上でも、どちら共に右翼呼ばわりされて当然な存在とは思いますね。

ライ麦狼さんへ。
> そこらへんはそっくりそのまま、反日をする人たちが、理路整然と妥当な手法で
> 妥当な主張をしていたら、嫌韓の人 (ダイスさん個人を指している訳ではないで
> すよ) も、今と違うテンションで発言・主張されていましたかねぇ。
良いところを突いていますね。
私もそう思いますよ。
ただ、ライ麦狼さんとは現状認識について差が有るようです。

そもそも嫌韓を主張する側に「どっちもどっち」といわれるような粗雑なタイプが増殖したのは何故か?
いや、正確には「粗雑なタイプ」に見える方々が増えた、と言うのが正しいかも。

実のところ、対韓国の問題は、既に決着済みだからです、サヨクの敗北で。
人には「勝ち馬に乗る」という習性がありまして、「理路整然と妥当な手法で妥当な主張をしない」サヨクを見て、多くの人が既に判定を下したから、平気で粗雑に振舞えるのですよ。
もしサヨクが「理路整然と妥当な手法で妥当な主張」をしたとしても、同じく理路整然と反論するネタには困らない状況が、既に出来上がっているのです。
ついでに言えば、サヨクは、「理路整然と妥当な手法で妥当な主張をしない」ではなく「できない」が本当のところだろうと考えています。
元々、反日ネタのルーツは朝日新聞の従軍慰安婦強制連行『捏造』報道ですから。
嘘の上に嘘を積み重ねても、「理路整然と妥当な手法で妥当な主張」にならないのは自明の事です。

サヨクにしても、ソ連崩壊、北朝鮮の拉致が疑惑から犯罪確定に、中共が周辺国を絶賛侵略中、という「サヨクの心の拠所」が次々と崩壊していく現実を突きつけられて、なりふり構わず飛びついたのが韓国ってのが客観的な評価ですからね。
そして、自らの行為によって「目的は反日」と自白してしまったわけです。

そうそう、この上で指摘した構図は「9条を論拠に自衛官個人をも罵倒するサヨク」とも似ている事にも気がついています。
人は「正義」を手にしたときが、もっとも粗暴なんですね。
(だから、サヨクが自衛隊と共存したいならば、粗暴に振舞える源泉である9条を無くさなければなりません。)

で、嫌韓な人とサヨクの違いは、自らが依存している存在に粗暴であったか、となります。
日本や日本人は韓国に依存しているわけでは有りませんが、サヨクは自らの平和な生活を担保している自衛隊を罵倒しました。
現象面で似ている様に見えますが、実は決定的に違います。
私でしたら、依存している存在を罵倒するなんて、とてもできません。私だけじゃなく「普通の感覚を持った人間」であるならば、皆そうだと思いますがいかがでしょう?

> 反日にしても嫌韓にしても、共に民族主義者の主張めいて、右左のカテゴライズ
> 自体が陳腐なモノと認識した上でも、どちら共に右翼呼ばわりされて当然な存在
> とは思いますね。
反日と嫌韓が民族間の対立に見えるとしたら、観察と考察が雑すぎませんか。
反日の方はとりあえず置くとして、嫌韓は、言うなれば「嘘つきが絡んできてうぜぇ! 金まで集ってんじゃねぇよ!!」という、これまた当たり前な感情の発露でしかない様に見えますよ。
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