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河野談話は右翼の最高傑作

(超左翼)

 村山談話が右翼の芸術作品だとしたら、河野談話はその最高傑作である。右翼こそ、あがめ奉るべきものだ。

 よく、「河野談話は慰安婦を軍が強制連行したと認めたものだ」と言われる。そして、それが左右の対立軸だと思われている。

 しかし、本当に軍が慰安婦を強制連行したのだと認めたのだとしたら、その時点で違法行為だと認めたと同じことだから、やれ法的謝罪だ、やれ補償だということになったはずなのだ。だけど、河野談話が出たからといって、政府がその方向で動いたことはない。

 ご存じのように、細川政権等々をへて、自社さの村山政権となってこの問題が動き出し、橋本龍太郎首相のもとで「アジア女性基金」が発足したのである。それは、左翼から強い批判がされたように、法的な責任を認めるものではなく、補償という性格のものではなく、慰安婦に渡された多額のお金も、日本国民が出したカンパであって、税金ではなかった。

 この問題が浮上した当初、日本軍人が村に入り、いやがる女性を無理矢理連行して慰安婦にしたかのように語られた。それをもって「強制連行」のイメージがつくられた。しかし、河野談話は、その問題について、「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たった」としている。民間の「業者」が「募集」し、女性がそれに応募したという立場だ。

 その際、「本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり」とされているが、意思に反したことを軍が組織的にやったとも書いていない。そうは書いていないが、生活に困った親がやったかもしれない。「甘言、強圧」があったとされているが、「こんなに儲けられるよ」「親が助かるよ」などと言って誘うことを「甘言」というわけだ。

 「強制」という用語は一回でてくるが、これは「慰安所における生活」のことだ。どの慰安所に行くかとか、誰を相手にするとかを自分で選べるわけではなく、イヤになったからといって帰国できるわけでもないから、ここは「強制」と言えるだろう。

 もちろん、軍の「関与」には言及されている。軍の慰安婦なのだから当然だ。慰安所をつくるよう要請したのは軍だし、その管理や慰安婦の移送をしたのも軍である。戦場なのだから当然である。

 ただ、いずれにせよ、軍が「強制連行」の方針をもち、組織的に連行したとは書いていない。安倍さんがよく言う「狭義の強制」などを認めた文書ではないのだ。それなのに、なぜ右翼のみなさんは、河野談話に「強制連行」の罪をなすりつけるのだろうか。

 そしてこの談話は、韓国も日本の左翼も、高く評価している。この談話の線を守る限り、あらたに法的責任にもとづく賠償という話は、論理的には出てくるはずがない。本来なら、河野談話についての学習運動でもやれば、国民多数も韓国も、ある程度の合意ができる性格のものなのである。

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