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戦争の原因をめぐって・9

 これまで紹介してきた戦争の実例を解説しながら、ふと考えたことがあった。戦争の原因にかかわることだ。

 第二次大戦後の戦争の実例について、ワイスバードは9つにまとめたが、それはだいたい3つに整理されるのではないか。おおざっぱな整理だけど。

 1つは、植民地にかかわるものだ。②「植民地独立戦争」、③「ポスト帝国戦争」、⑦「新植民地戦争」がそれにあたる。

 第二次大戦前、列強が世界の広大な土地を植民地にしていて、そこからの解放を求める人びとの運動が弾圧され、戦争になった。現在もいくつかの植民地があるが、その独立が平和的に保証されない限り、最後は戦争になる可能性が存在する。

 2つ目は、勢力圏にかかわるものだ。⑤「国際的要素をもつ内戦」と⑥「勢力圏維持の戦争」である。これは、植民地のように、その領域を自国の一部として支配しているわけではないが、アメリカやソ連が、政治的、経済的、イデオロギー的に自分の支配下にあるものとみなしていて、そこから抜け出ようとするのが弾圧されて戦争になったものである。

 3つ目は、その他もろもろ。ただ、このなかに分類されているものも、よく見ると、植民地とか勢力圏とか、そういう概念でくくれるものが多い。

 たとえば、①古典的な侵略である。ここにある第二次中東戦争は、スエズ運河国有化を宣言したエジプトに対して、英仏が攻め入ったものであり、やはりスエズ運河は誰のものかということをめぐる争いであった。ここにはソ連のアフガン侵攻も入っているが、これもアフガンを自分の勢力圏とみなした(軍事同盟を結んでいた)ソ連による勢力圏維持の戦争だった。

 あるいは、④「継続戦争」にも同じような事例がみられる。ベトナム戦争はここに分類されているが、それも当初は、フランスの植民地支配からの解放を求める戦いだった。

 ⑧「限定的な武力行使」として、中印・中ソ戦争、アメリカのイラク・リビア爆撃があげられてる。中印戦争はカシミールをめぐる、中ソ戦争は国境線をめぐる戦いだったので、これも勢力圏争いだ。

 一方、アメリカのイラク・リビア爆撃は、どうだろうか。これは、植民地とも関係ないし、勢力圏とも関係ないように見える。

 しかし、イラク爆撃(湾岸戦争後、フセイン政権を打倒する以前、限定的に空爆を加えていた)は、ソ連の崩壊と湾岸戦争の勝利によって世界を勢力圏に組み入れたはずなのに、イラクがそれに挑戦したことへの懲罰のようなものだった。リビア空爆は、直接には、西ドイツ(当時)で米海兵隊員を殺傷したテロ事件への報復としておこなわれたものだが、これもアメリカの世界支配というものに挑戦したリビアとの争いである。

 これを勢力圏争いというのは、少し現実味に欠けるかもしれない。しかし、少なくとも、価値観をめぐって優位性を争ったものだとはいえる。その観点で見ると、中ソ戦争は、国境をめぐる争いであると同時に、共産主義陣営内部の覇権争いという側面があったともいえるだろう。

 こうして見てくると、戦争の原因について、大事なことが分かるような気がする。(続)

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