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戦争の原因をめぐって・7

 ワイズバードが分類したタイプの戦争を見ると、いろいろなことが分かる。まず、こういうタイプの戦争はもう起こらないだろうというものが見えてくる。

 その筆頭は、②の「植民地独立戦争」である。これは、植民地が独立を達成し、ほとんどなくなったのだから、当然のことである。

 ③の「ポスト帝国戦争」というのも、いまでは考えられない。②は植民地から抜けだそうとする国と、支配をしてきた帝国主義国との戦争だが、③は帝国主義による植民地から脱した後で、そのことを起源とする原因で戦争になるものだ。しかし、植民地支配がなくなって何十年もたっているわけだから、何か戦争があっても、帝国主義による支配を直接の原因とする戦争とは言えないだろう。

 では、⑦の「新植民地戦争」というのは、どうだろうか。これは、西サハラと東チモールがあげられているように、現代の植民地独立戦争である。しかし、この連載ですでにのべたように、植民地は現在、16地域しか存在していない(世界の陸地面積の0.22%)。そのうち、少しでも名前を知られているのは、西サハラとニューカレドニアだけであり、戦争のようなことが起きるにしても、ほとんど世界の耳目を惹きつけることはないだろうと思われる。ましてや、日本周辺には植民地は存在していないので、戦争が起きたとしても、それが日本の平和と安全に影響してくるようなことはない(戦争が起きるのを心配していないということではない)。

 ①「古典的な侵略」は、これまではあった。例としてあげられているソ連のアフガン侵略もそうだし、あるいは1990年のイラクによるクウェート侵略もその代表例だろう。しかし、冷戦期と異なり、そのイラクの侵略が国連の安保理や総会で一致して糾弾されたことに見られるように、国連が対処するようになってから、この種の侵略は激減している。先日の記事で書いた国連の報告通りである。ゼロになるとまではいえないが、ほとんどなくなるだろうとは言える。中国の侵略性を強調している人だって、日本全土が中国に占領支配されるなどということを現実味をもって語っているわけではあるまい。

 ⑨の「自衛戦争」は、侵略戦争がなくなるなら、その対概念だから当然なくなっていく。④の「継続戦争」は、その複合的な性格から、⑧の「限定的な武力行使」は、その限定性がゆえに、なくなるとまでは言えない。
 問題は⑥の「勢力圏維持の戦争」と⑤の「国際的要素をもつ内戦」である。これはよく考察する必要がある。(続)


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