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戦争の原因をめぐって・4

 戦争の原因について、「貧困」だとか「独裁」だとかが指摘されるという話を第1回目でしたが、その問題点を考えるうえでは、実際の戦争事例の分析が必要である。その点を探るために、まず、よく戦争の起こる中東地域のことを考えてみたい。この地域では、第2次大戦後、代表的なものだけでも、以下のような戦争が発生した。

 第一次中東戦争(1948年。イスラエルが独立宣言し、周辺アラブ諸国と戦争になる)
 第二次中東戦争(1956年。エジプトがスエズ運河国有化を宣言し、英仏が攻め入る)
 第三次中東戦争(1967年。ゲリラ掃討を名目にイスラエルが周辺諸国に全面侵攻した)
 第四次中東戦争(1973年。アラブ側が奇襲したが、イスラエルに敗北する)
 イラク・イラン戦争(1980-88年。国境紛争が名目だが、イラン革命を牽制する目的もあった)
 クウェート侵攻(1990年。イラクが国境紛争を名目に全面占領)
 湾岸戦争(1991年。国連決議にもとづき多国籍軍がイラクをクウェートから排除)
 そして、現在、私たちが目撃している戦争へとつづくことになる。アフガニスタン、イラクにおけるアメリカの戦争である。

 こうやって、具体的に考えてみればわかるのだが、少なくとも中東の戦争をふり返ると、「貧しいから戦争したのだ」と思わせるような事例は存在しない。あるいは、4次にわたる中東戦争をみて、その原因が、イスラエルは民主主義国なのに、アラブ諸国が民主化されていないから戦争になったのだという人も、おそらくいないと思う。

 もちろん、背景にはそういうものがあるのだといわれれば、そういうこともあるかもしれない。しかし、たとえば大学の入試で、これらの戦争の原因を尋ねられたとして、「貧困」「独裁」と答えれば、おそらく合格点には達しないだろう。

 大学入試で書かれなければならないのは、少なくとも4次にわたる中東戦争の遠因としては、イギリスが第一次大戦で有利な立場に立つために、バルフォア宣言でユダヤ人にもアラブ人にもいい顔をして、それがイスラエル国家の建設につながったことである。あるいは、先ほど紹介したレーニンが暴露した秘密文書のなかに、イギリス、フランス、ロシアが中東の地を分割するサイクス・ピコ協定があったわけだが、そういう大国による勢力圏思想も欠かすことのできない答えである。こうして人為的につくられた対立が、イスラエルの国家建設とか、エジプトによるスエズ運河の国有化などをきっかけにして、武力紛争に発展するのである。

 ところが、一般的に戦争の原因を問われると、「貧困」だとか「独裁」だとか、そんな答えをしてしまう風潮が、私たちの周りには存在する。理由は分からないのだが、戦争の原因を論じる世界では、戦争とか平和とかいうものが、きわめて抽象化されて思考されているように思えてならない。(続)

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