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ネット言論いろいろ

 (超左翼)このブログを開始するにあたって、お玉おばさんと少しだけ意見が対立したのは、コメント欄の扱いだった。私はずっとフルオープンでやってきていて、それを貫きたかったのだ。

 一方、お玉さんは批判的なものでもできるだけオープンにしてきたが、同時に表に出さないのもあって、その基準は、批判に「愛」があるかどうかというものだった。これって、私なんかよりはるかにブログ経験のあるお玉さんだから可能になるものだと思う。出さないのを納得してもらうワザ?

 これは私にはとってもできそうになかった。コメントを読むだけでも大変なのに(あまりに多くて忙しいときは読まないし)、それを出すか出さないか判断するなんて、考えただけでも身震いする。これまで人生の転機に一度か二度、ストレスを感じたことがあったけど、日常生活でストレスなんてあり得ないでしょ。

 ということで、何を書かれても私はストレスになりません。いろんな人がいろんな見解を発表していることは、私に対する批判であっても大切だと感じます。どうぞ自由にコメントしてください。

 なお、この間、ヘイトスピーチとカウンターのことが話題になっていました。そのきっかけの記事が「暴力に対しては実力で」というものであったことで分かると思いますが、この両者を同列に論じてはならないというのが、私の基本的な考え方です。

 国際法にたとえると侵略と自衛ということになるでしょうか。これって、外形的には同じように「武力の行使」なんです。国連憲章で一般的に武力の行使は違法だとされています。だけど、自衛の場合には、外形的には武力の行使であっても、その違法性が阻却されるということです。

 もちろん、じゃあ違法性が阻却されるからといって、何をやっても許されるわけではありません。まず、相手の武力行使を外交的にやめさせる努力をやって、それではダメだと分かった時だけです。さらに、相手の武力行使をやめさせればそれでいいのであって、さらに追撃することも許されない。

 この点で、「男組」は、自分たちでもいろいろ反省することがあるとのべているわけで、その方向での努力をしてほしいと思います。

 だけど、何というか、目の前で違法行為があるわけですよ。それが侵略であったり人種差別であったりするわけです。それに対して、暴力には反対だからといって、侵略を許すことがないように(自衛の措置は当然だと考えるように)、目の前の人種差別を許すということも、あってはならないと思います。

 だから、この問題は、どっちもどっちというものではなく、違法行為と闘う側が、その手段をどう鍛え、国民多数の支持を得ていくのかという問題だと思います。

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コメント

No title

自分が表現する「どっちもどっち」というのは感情論に近い話で、現実的にまったく異なるものなのか否かという話ではないのです。が、少なくとも非常に論理的な回答で「ほうほう」と読み進めることが出来ました。

差別を受けている人間からすれば今日にでも差別がなくなってほしいという気持ちは分かります。ただ、今日明日にジェノサイドが起こる事態ではないのなら、受け手の情報量によっては同じように見える行為をすべきではないと思うのです。

>もちろん、じゃあ違法性が阻却されるからといって、何をやっても許されるわけではありません。まず、相手の武力行使を外交的にやめさせる努力をやって、それではダメだと分かった時だけです。さらに、相手の武力行使をやめさせればそれでいいのであって、さらに追撃することも許されない。

この努力が見えてこない。これは見る側が努力する話ではなく、する側が勘違いされないようにその努力を正しい形でアピールする必要がありますよね。
外交努力を一生懸命重ねて、その上で自衛の為の戦争を始めた。と、なんか知らんが突然戦闘が始まったではまったく世の人の感想は異なってくると思います。そりゃ文献を漁ればなぜ戦争が起こったのか、どちらに非があるのかは明らかになるのかもしれませんが、それを調べない人間を無知と笑っていては理解は得られないと思います。
まあこれは保守・リベラルに関わらず、日本人の「分かってくれてるだろう」から始まる説明不足、加えて見聞きする側も自分の生活に影響のない事に関しての興味の無さからもきている問題ではありますけどね・・・。

だからさ

実際には暴力を振るわれてもいない状態で暴力を一方的に集団で振るっているから批判されているし、特殊な人達以外からは支持されないんだよ。
それに男組が反省しているとか言っても、ついこの前も似たようなことやっちまっているんだから説得力がない。
非暴力には非暴力、暴力には暴力ぐらいのケジメはつけなよ。

No title

また都合よく読み飛ばしちゃって。

>「目の前で違法行為があるわけですよ。それが侵略であったり人種差別であったりするわけです。それに対して、暴力には反対だからといって、侵略を許すことがないように(自衛の措置は当然だと考えるように)、目の前の人種差別を許すということも、あってはならないと思います。」
カウンター側は相手に呼ばれれば行って話し合うようだし、デモの前後も話をしようとしているようだが、それを襲撃とかワケのわからんことを言ってるのが糞在特。
その上で、目の前で行われるヘイトという暴力を超圧力で阻止するのは当然でしょ。

それと、ヘイトという暴力を行うことを公言している団体のメンバーを参加させないように圧力をかけるのは当然でしょ。
「いまから侵略するぞ」と言ってる国に対して、有形無形の圧力をかけるのと同じこと。

こんなので暴力とか言ってるのを見ると、鼻から牛乳吹き出しそうになるぐらい笑っちまう。
この程度で暴力になる場合を考えてみると、車椅子の障害者に罵倒を浴びせたり、老人を集団でコツキ回したりすることかな。
ま、それを堂々とするのが糞在特なんだけど、あの蛆虫どもは弱い者イジメが三度の飯より好きなんだよ。
「殺せ、殺せ、殺せ」と叫んで清々しい顔をして帰っていくんだから、精神が既に破綻しているとしか思えない。
ほんと、専門家のカウンセリングを受けた方が良い。
プチ許永中って人も、動物愛護の看板をぶっ壊す人なんでしょ?
こういう人って自分より弱いものを見ると、急に攻撃的になるから相手を殺しかねないよ。

とりあえず糞在特のメンバーを見ていると、心の弱い屁たれどもの集まりなんだろうな、とは思うけど、だからといってヘイトと暴力を撒き散らして良い理由にはならないから、このまま圧力をかけ続けるべきだろうね。

笑わしてくれる

いくら詭弁をろうしても口で言われた事に直接暴力をふるったりしては逆効果でしかない。
その程度の事も理解できないなんてね。

No title

 
  ん
  ヘイトが暴力で無いというネトウヨ
  の言い分はよく分かった。
  そりゃヘイトを許容してるんだから 
  どっちもどっちになるわな。
  でもずっとそう言い続けることが自分
  たちの首を絞めていると気づかない。
  やっぱ蛸壺からは外界は見えないか。

どっちが自分たちの首を締めているのやら

口で言われた事に対して殴りかかるやつは法治国家である日本では受け入れられません。
小学生でもわかることですよ。

市町村の条例とかで

>ヘイトが暴力で無いというネトウヨ の言い分はよく分かった。
そりゃヘイトを許容してるんだからどっちもどっちになるわな。


ヘイトもカウンターも、どちらも鎮圧してくれ、と思っている私も、どっちもどっち、だと思っています。
法規制はイヤ〜、って人も、市町村の条例とかで、特定の地域での”ヘイト”になる行為を禁止するような対策ならば、反対しませんかね。
歩きタバコ禁止みたいに、歩きヘイト禁止といった「場所」を限定した規制なら構いませんかね。
場合によっては、土日や昼間のヘイトを禁止する、「時間」を限定した規制なら構いませんかね。
勿論、市町村の条例ですから、地元の人が判断・要望するものですよ

No title

殴りかかるやつってこれかな?
https://www.youtube.com/watch?v=8zt1p-8FKh4
それともこれかな?
https://www.youtube.com/watch?v=kkmi55Gb9xQ
あるいはこっちの40分ごろ瀬戸ちゃんが代表して「我々は殴りかかる」と発言してることかな。
https://www.youtube.com/watch?v=KkqNEVPGscU
  
というか、こんなところでタネ明かししちゃったら「恐怖心」が方便だって言ってるようなものだから、そうとう不利だよね。
年長者に失礼だけど、根本的にバカなのか、それともいきがってるだけのボンボンだったのか。
何れにしても糞在特とその周辺は、暴力を行使したくてウズウズしているということは良く分かる。

No title

ライ麦狼さん

糞在特の鎮圧はヘイトと暴力の垂れ流しということで理解は得られると思いますが、カウンター側は何の咎で鎮圧するんですか?
集団で蛆虫を取り囲んだから?
ヘイトを止めるように主張するから?

順番として

キンピーさんへ

ヘイト側にしろ、カウンター側の人にしろ、関係ない人にしろ、色々と事情はあるでしょう。
ですが、街中で暴力や強迫など、今回逮捕されている事例と同様の行為、キンピーさんが望んでいる殴り合い、私が警戒しているもう少し悪化した状況になったら、まずは”大人しくなってもらって”から、事情を聞くのでは?

"大人しくなってもらって"くれる過程が、鎮圧か逮捕か厳重注意か違反か、状況にようて違うかもしれませんが、事情を聞くのは、その後です。
とりわけ"事情"が重要になるのは、起訴不起訴の判断や、検察や裁判所に移った後の段階でしょう。

まずは”事情”に関係無く、街中で暴れない、とう事が大切でしょう。

No title

ライ麦狼さん

事情は貴方もご存知のとおり、ヘイトと暴力を垂れ流す糞在特側と、それに反対する人々ですから、わざわざ鎮圧してまで理由を聞くまでもありません。
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