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集団的自衛権関連の焼身自殺未遂について・・

 (お玉)また一つ年をとってしまった・・・割と忙しい事もあって、一ヵ月があっという間に過ぎていくし、一年が半年前くらいに感じるほど早く来てるなあ・・・・年取るのは早いけど、気持がついて行けてない・・気持だけはずっと若くいたいものです・・はい・・・

先週、ネット上で割と見かけた話集団的自衛権関連の焼身自殺未遂に対して、フェイスブックで記事を書いてました。ここにも転載しておきます。

 私の友人は、テレビで自殺のニュースが流れると「死にたくなる」といい、一人では死んでしまいそうになって、私たち友人に電話をかけSOSを求めてくれていた。マスコミが芸能人の自殺をセンセーショナルに報道するたびに、友達のことを思い出していた・・・

ある年のクリスマス「もう元気になったよ、来年は久しぶりに遊びに行くよ」友人の元気な声を聞くのは何年ぶりのことだったろう・・・でもお正月が過ぎ、しばらくして、友人が焼身自殺をしたという連絡が入った・・信じられなかった。結局彼女は自殺という魔力に10年以上もとりつかれ、1番衝撃的な方法でこの世を去ってしまった・・・

 WHOは自殺予防の手引きの中でメディアの影響力について語っている。マスコミが集団的自衛権への抗議の為の焼身自殺を派手派手しく取り上げないのは、何度も何度も、後を追う自殺者がでて、批判され、その結果だと思う。取り上げないでくれて良かったと思う。こんなバカな行為の後追いなんて、絶対にやってはいけない。させてはいけない。だから「賞賛」なんてしては絶対にダメなのです。



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コメント

No title

自殺一般については報道の自粛は当然ですが、これは政府への抗議の焼身自殺ですから簡単に一般化して良いもいいのかな。

こういう政治的目的をもった「内に向かう暴力」は、チベット僧侶の焼身自殺にしてもガンジーの不服従運動にしても従来から存在するわけで、民主主義が希薄な状況で起こっているわけでしょ。
暴力は技術の問題ですから、暴力を担保にしている権力に対して、「やはり暴力は外に向かわせ戦うべきだ」とテロを支持するのも良いし、「いや、示威行為に止めよう」とデモをするのも良いでしょうし、「いや、まだその時ではない」と、暴力を保留して当面は議会での改良を訴えるのも良いでしょう。
手法に対する是非はあって良いですが、民主主義の無い状況で出された声には耳を傾けるべきでしょうし、海外メディアはそのあたりの違いが分かっているようで、今回のケースも政治的背景からキチンと伝えているように思います。

アメリカの独立戦争を指導したパトリックヘンリーの「私に自由を与えよ、しからずんば死を与えよ。」や、ゲバラの国連演説の「祖国か死か」はあまりにも有名ですし、政治的な権利は自由権の重要な部分であると、自由を血みどろの暴力をもって獲得してきた民主主義国では、当然のこととして認識されているのでしょう。
政府は国民に権原がある憲法を密室で弄り回すのではなく、ちゃんと国民投票で国民の意見を聞くという立憲民主主義の作法を採るべきでしたね。
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