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『超・嫌韓流』を書きたいと思った最初の動機

 (超左翼)いま準備している『超・嫌韓流』は、うまく書ければ、日本で1、2を争う大手出版社から出してもらえる予定。右でも左でもないところで出したかったので、がんばります。

 こういう種類の本が必要だと思ったのは、もうだいぶ前のことだ。2006年に平凡社から、『和解のために』という本が出された(韓国語版の邦訳)。朴裕河さんという韓国の日本研究者が書いたものである。

 当時もいまもだが、韓国の世論は反日一点張りであって、韓国の研究者が、日本との間で「和解」しようと呼び掛けるだけでも、大変なことだったと思う。朴さんは、日本を本質的に悪だとみなす時代の雰囲気のなかで、それにあらがって、日本をもっとリアルに見なければならないことを説いたのである。そして、韓国の側にも反省すべき点があることを、いろいろ指摘した。うまく要約できないので、いくつか引用しておきたい。

 「暴力と怨恨は、どちらか一方が断たない限り終わりはしない。そして暴力の連鎖の環を断ちうる主体は、被害者の側である。その意味では、日本はアメリカを赦すべきであろうし(原爆投下のことー引用者)、韓国は日本を赦すべきである。怒りは、決して謝罪を導くことはない」

 「韓国からの批判が結果的に日本の保守政権を支え、今後も維持しつづけるのだとの分析も可能である。日本に対する韓国の本質主義的批判は、日本の進歩的知識人や市民をたすけるようにみえて、実のところいわば妨害していたのかもしれない」

 「日本の左派は韓国の被害性を協調し、日本政府に「責任」をとることを要求しているが、韓国の抱える問題には目をつぶっている側面もないわけではない。もとよりそれは「日本」側の問題がより大きいからだとしても、いまやそうすることが日本のなかの「被害」者の不満を惹起させ、逆に被害者を正義の権力と化しうることも直視すべき時期ではないか」

 「その反面、日本の右翼は、韓国の問題をことさらに誇張し、みずからが語りたいことを補完する材料としてのみ利用してきた。めざすところは違っていても、見たいものばかり見ようとしてきた点では、(日本の右翼と韓国はー引用者))似た部分がなくはなかったのである。……韓国のうちにある問題についての理解を深めない限り、日本の右派の恣意的な誇張と拡大解釈に立ち向かうことはできない。さらにまた、彼ら日本人の心境をひとまず「聞く」ことなしには、正確な批判は不可能である」

 まあ、一部だけど、ざっとこんな感じである。この本が出されてから、もう8年が断つわけだが、その間、安倍第2次政権を誕生させるほど右派的世論が広がったことは、この本がせっかく先駆的に問題を指摘したのに、そういう方向での努力がなかったことの反映でもある。この本につづいて、同様の見地で本を書く人は、日本人としてはあらわれなかった。

 だから私は本を書くことにしたのである。最後に引用したところで朴さんが書いているように、「彼ら日本人の心境をひとまず「聞く」こと」が、その本では大事だと思っている。そうでないと、いまの日本で圧倒的多数を占めるこの問題での多数は(いわゆる右派だがそう単純ではない)との間で、対話することもできない。しかも、そうすることなしには、朴さんがいっているように、「正確な批判も不可能」なのである。

 ということで、これからもしばらく、思いついたこととか、勉強したこととかを書いていきます。メモのようなものがつづくと思いますが、よろしく。


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コメント

こっちもメモがわりに。

ん~、韓国が日本を許す…か。
儒教に基づく小中華思想や朝鮮中華思想が根強くあるので、克日(日本に勝つとかそういった類のものではなく)が無ければ難しいでしょうね。
いや克日というか、朝鮮人が朝鮮人を乗り越えないと無理だろうけど、それには朝鮮半島の位置が悪すぎる。
ならば太夫文化(両班文化)なんてものを破棄できないものか。
そうしないと市場の小さな韓国が生きていくために必要な技術の蓄積ができず、根っこの部分で永遠に他国を頼ることになるよ。
根っこの部分で自立できなければ、小中華思想や朝鮮中華思想からも到底脱却できまへんな。


>彼ら日本人の心境をひとまず「聞く」こと

彼らの心境は腐る程聞いてきたので割愛しますが、結局 日本人は「日本」を克服したのか?ということに行き着くんじゃないでしょうかね。
日本の過度な卑下にも近代ニッポンの過度な讃美にも陥らないバランス感覚というものが必要で、サヨの戦前日本暗黒史+戦後肯定も、ウヨの戦前賛美+戦後否定もコインの裏表でしかない。
そこから脱却するには精神的自立が必要でんな。
まぁ、祖父の影に追い立てられて「戦後レジュームからの脱却!」「侵略の定義はわかんない!」とか言ってる人にはちょっと難しいかも。

とりあえず韓国とは一度距離をとるしかないんじゃないかな。
どっちとか関係なしにお互い熱くなり過ぎてるもんなぁ。

ただ韓国が対外的に「日本の主張と異なる主張」を発信するなら、日本も自国の対外的な立場を護るためそれに反論せざるを得ないだろうなぁ。

まぁ、囚人とか針鼠のジレンマじゃないけど韓国とは痛みに痛みを返す関係を続けながら適当な距離を測るしかないんじゃないかな。
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