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上坂冬子さんの河野談話論

 (超左翼)一昨日、産経新聞の「正論」に載った上坂冬子さんの文章を引用した。その後、全文を入手した(産経は縮刷版がなくて、地方にいると入手に苦労する)。

 昨日の引用は、もう少し長い文章の途中だった。まず最初に、以下のような文章が置かれている。

 「話しはもどるが、私が自民党の底力を認識しなおしたのは、政権を降りる前日の従軍慰安婦問題に対する官房長官談話を聞いたときだ」

 それで昨日の文章がつづく。そのあとは、以下のような長めの文章。

 「優秀なのは自民党ではなくて外務省だ、日本の政治はああいう高度な手腕をもった官僚に支えられているのだと解説する人もあるが、いずれにせよ政権最後の日にこの問題を終結させたのは見事というほかない。時として自民党にたてついたのを、私はひそかに悔いたりした。和解成立の何よりの証拠に、韓国政府が今後は外交問題として取り扱わぬと声明を出しているではないか」(以上)

 ここでのべられている韓国政府の声明については、いま確認中。だけど、おそらくそういう声明は出ているのだと思う。そんな流れだったものね。

 そう、慰安婦が名のり出て、裁判をはじめて、日本政府も困っただろうが、韓国政府はもっと困ったのだろう。だって、65年の日韓条約と請求権協定により、もう全ての問題は決着済みだということに、韓国政府が同意していたのだから。

 この問題は、いろいろな角度で論じることができるが、政府が権利を放棄したというときに、個人は何ができるかということで考えると、ふたつのやり方がある。

 ひとつは、政府は放棄したが個人は放棄していないとして、相手国政府を訴えるやり方である。実際に韓国の慰安婦はそのやり方をした。

 もうひとつは、権利を放棄した韓国政府に問題があるとして、韓国政府に補償を求めるやり方である。責任のない政府にそんなことを求めるのは変だろうと思われるかもしれないが、そんなことはない。たとえば、日本の原爆被爆者は、原爆を落としたアメリカにではなく日本政府に国家補償を求めた。それは、サンフランシスコ条約で全ての権利を日本政府が放棄したのだから、その日本政府が補償する責任を負ったという論理にたったものであった。日本の市民運動では当然の論理なのだ。 

 もし、韓国の慰安婦が後者の考え方をとったなら、韓国政府に対する補償要求が続発しただろう。ここからは推測だが、それをきらった韓国政府が日本政府に相談し、河野談話という流れになったのだと思う。

 そして、それで決着をつけるつもりだった。だけど、そうはならなかった。そこに複雑さがあるのだ。この問題、今後も論じ続けます。


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