スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

戦争の原因をめぐって・2

(超左翼)

 戦争の原因ということで忘れてならないのは、レーニンの解明である。もちろん、有名な『帝国主義論』のことだ。数年前、日本人による本格的な戦略論の教科書として出版された分厚い『戦略原論』でも、レーニンのことに2ページほど使っていた。立場は別にして、それだけ大きな影響を与えた著作であった。

 この本は、レーニンが体験した第一次世界大戦について、その原因を分析したものである。一言でいえば、レーニンは、第一次世界大戦を、帝国主義国による植民地の再分割戦争だと位置づけたのである。

 イギリスやフランスなど、早くから資本主義になった国々は、資本主義を発達させるために必要な資源を求めて、アフリカやアジアなどに進出していった。その過程で、これらの地域を植民地としていく。一方、ドイツなど後発の資本主義国も、相次いで海外に乗り出すようになる。こうして二〇世紀を前後するころには、世界中が植民地化されることになってしまう。それでも資本主義国の野望はおさまることがなく、他の国の植民地を「自分によこせ」と求めるようになる。そのためには軍事力の行使も辞さなくなる。それまでも植民地の人びとに対しては軍事力を行使していたわけだが、こんどは資本主義国同士で、植民地を奪い合うための戦争がはじまる。

 こうして第一次大戦が起こったというのが、雑ぱくな整理にしかすぎないけれども、レーニンの見解であった。資本主義が発達し、軍事力で他国の領土を奪おうとする発達段階になったということで、それが「帝国主義」とよばれたわけである。

 なお、戦争の原因をそこに求めたレーニンは、戦争をなくす戦略として、帝国主義の打倒をかかげた。そして、帝国主義のロシア政府を打倒し、第一次大戦から離脱することになる。政権をとったレーニンが旧政府の文書を調べてみたら、他の帝国主義の政府とのあいだで領土の分割方法を定めた秘密文書がみつかり、帝国主義というものの実態が、まさに『帝国主義論』が描いた通りのものであることが、世界に暴露されることになった。

 この経過にもみられるように、レーニンの見解は、第一次大戦の原因をかなり正確にいいあてていた。一方、第二次大戦は、ファシズム対民主主義の戦争という側面があったので、『帝国主義論』だけでは説明しきれなかった。だが、膨大な植民地を領有するイギリスやフランス、あるいはアメリカに対し、ドイツや日本などが戦争をしかけたという面では、なお『帝国主義論』の有効性は疑われるまでには至らなかったのである。

 その結果、社会主義者かどうかにかかわらず、戦争の原因を資本主義による利益への衝動に求める見解が、戦後の一時期、かなり流行した。レーニンは、『帝国主義論』では第一次大戦の原因をのべたのであって、あとでのべるように、他にも戦争の原因があることを明確にしているのだが、『帝国主義論』の記述が一般法則のようにあつかわれることになったのである。

 ただ、それは長続きしなかった。(続)
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。